修身教授録(森信三著 1989年 致知出版社)~目の前の仕事への向き合い方が、人をつくる~

こんにちは。荻原です。
今回も引き続き、トップセールスの本棚をインタビュー形式でお届けします。インタビューに答えてくださったのは、現役マネージャーとしてアルヴァスデザインを長く支えてくださっている松下さんです。
営業に役立つ一冊として「修身教授録」をご紹介いただきました。

仕事と人生への向き合い方を説いた古典から、明日からの実務に活かせる学びについて取り上げています。
ぜひ、ご一読ください。
目次
1.「『修身教授録』とはどんな書籍か」

荻原:本日は、よろしくお願いします。早速ですが、松下さんが選ばれた一冊について、ご紹介いただけますか。
松下:はい。今回ご紹介するのは、森信三先生の『修身教授録』です。もとになっている講義は八十年以上前のもので、いわゆるビジネス書とは趣が異なります。仕事のノウハウというよりも、人間の生き方や人生観、心のあり方を説いた一冊です。
荻原:ビジネス書とは少し違う、と。どういう経緯で生まれた本なのか、その成り立ちから伺いたいです。
松下:森先生は京都帝国大学の哲学科を出られた方で、卒業後は、教員を養成する師範学校で教えていらっしゃいました。今の大阪教育大学にあたる学校です。
先生はあえて教科書を持たず、自分の言葉だけで講義をされたそうで、その語りを、受講していた学生が手書きで書き留めて、一冊にまとめたものだそうです。
荻原:先生の肉声が、そのまま文字になっているのですね。読んでいて、その成り立ちを感じる瞬間はありますか。
松下:あります。文章が、どこかきれいに整いすぎていない。話が行ったり来たりするような箇所もあって、ああ、これは生きた講義だったのだなと感じます。だからこそ言葉に力があって、活字の向こうから直に語りかけられるような気迫があります。
荻原:その言葉を、今あらためて紹介しようと思われたのは、なぜでしょう。
松下:VUCAの時代と言われるようにさまざまな新しい技術が次々に生まれ、私たちの働き方も大きく変わっています。そうした時代だからこそ、人としての普遍的な教えに立ち返る意味があると思いました。八十年以上の時を超えて受け継がれてきたこの教えを、今あらためてご紹介したいと思いました。
荻原:なるほど。松下さんは、この本をどんなふうに読まれているのですか。
松下:一度読んで終わりという本ではなく、折に触れて何度も読み返しています。第一部と第二部に分かれていて、八十近い講話が収められています。五百ページ近い大著ですから、生き方に迷ったときや、力が入らないときに開くと、そのときの自分に響く章が必ずあって、はっとさせられる。手元に置いて、ことあるごとに開きたくなる一冊です。
2.「真っ先に着手し、八割の出来で一気に仕上げる」

荻原:ここからは、中身に踏み込ませてください。それだけ多くの講話の中で、松下さんが特に強く惹かれたのは、どの教えでしたか。
松下:仕事という観点で、二つあります。一つ目は「仕事の処理」という講話です。たくさんの仕事が舞い込んでくる中で、真っ先に片付けるべき仕事に思い切って着手する。手をつけることこそ、仕事を処理する上で最大の秘訣だと書かれています。
荻原:着手こそが秘訣、ということは、裏を返せば、多くの人が手をつける前で止まってしまう、ということでしょうか。
松下:そうかもしれません。当たり前のことを、これほどはっきりと言い切ってくれていることに嬉しさを覚えました。さらに、一度着手した仕事は一気にやってのける。最初から最高の出来栄えを求めず、まずは八割くらいの出来で良いと考え、仕上げてしまうことが大切だと説いています。
荻原:完成度を上げ切ってから出すのではなく、まず仕上げてしまう。八割で良い、というのは、なぜなのでしょう。
松下:完璧を求めるあまり、手が止まってしまうのを防ぐためだと解釈しています。最初から百点を目指すと、なかなか取りかかれなかったり、途中で抱え込んでしまったりする。それよりも、まず八割で形にして、次に進む。そうして数をこなしていくほうが、仕事はかえって速く、確かになっていくということだと思います。
荻原:なるほど。ただ、お話を伺っていると、これは単なる仕事の段取り術ではなく、もっと根っこにある構えの話のようにも聞こえます。
松下:まさにそこなんです。森先生は、この向き合い方そのものを「修養」だと捉えています。学問や経験を積み、自分の知性や道徳心、精神を高めて、立派な人格を形成しようと努めること。日々の仕事にどう向き合うかが、そのまま自分を磨くことになる。だから、仕事をただの雑務だと考えているうちは、本当の意味で仕事を処理することはできない、とまで書かれています。
荻原:目の前の仕事にどう向き合うかが、そのまま生き方をつくっていく、ということですね。
松下:ええ。本書にも、目の前の仕事を後回しにする人は、深く人生を生きる人とは言えない、という一文がありました。小さなタスクであっても真剣に向き合う。その姿勢の積み重ねが人をつくるのだと感じました。
だからこそ、これは単なる仕事の進め方ではなく、今の自分のあり方を見つめ直す教えでもあるのだと思います。
荻原:ここまでは仕事一般の話として伺ってきました。私たちの読者である営業パーソンに置き換えると、この「着手と仕上げ」はどう活きてくるでしょうか。
松下:はい。例えば、いくつもの案件を同時に抱えている営業担当者を思い浮かべてみてください。
つい着手しやすいものから手をつけたくなりますが、まずは重要なお客様への提案に、思い切って取りかかる。そして、最初から完璧な提案書を作り込もうとせず、八割の出来で社内に共有してみる。早めに上司やメンバーに見てもらえば、その分フィードバックも早く得られ、提案の精度も上がります。
そのうえで、お客様との対話に進めば、独りよがりな提案になりにくい。手を止めて一人で抱え込むより、まず形にして周囲を巻き込みながら前に進めることが、結果的に成果につながるのだと思います。
荻原:なるほど。八割と聞くと、そこで完成させるようにも聞こえますが、そうではないのですね。
松下:そうですね。八割で形にすることは、そこで終わりという意味ではありません。まず形にして仕事を前に進める。そして、最後にもう一段、仕上げていく。この順番が大切なのだと思います。
3.「意志、根気、そして最後の『粘り』」

荻原:では、もう一つ強く印象に残っている教えについても伺えますか。
松下:二つ目が、私にとって特に面白かった「粘り」についての教えです。森先生は、意志の強さでも根気でもなく、あえて「粘り」が大事だと言っています。
荻原:続ける力という意味では似ていますが、森先生は意志と根気と粘りを、どう分けているのでしょうか。
松下:はい。粘りには、意志力と根気が混ざり合っていて、根気を生み出す呼吸とも言うべき趣がある、と書かれていました。ただの根気ではないのです。これを森先生は、仕事を始めてから完遂させるまでの過程に例えて説明しています。
荻原:その過程をどう説明しているのでしょう。
松下:大きな仕事を成し遂げるときには、だいたい三度、危険な時があるそうです。まず全体の三割ほど進んだところで、飽きが来る。ここは「意志」の力で突破する。次に六割あたりで、今度は体が疲れてくる。ここは「根気」で乗り越える。そして最後、八割前後にもう一つ関門があって、ここで必要になるのが「粘り」なのだそうです。
荻原:粘りというと、始めから歯を食いしばって持ち続けるものだと思っていました。最後の場面でこそ必要になるというのは意外ですね。
松下:私もまったく同じイメージでした。でも、本書では粘りは最初から気合いを入れて持つものというより、仕上げのいよいよ最後の場面で必要になる力ということでした。
森先生は、大きな仕事ほど、ここまで来てもなお投げ出してしまう人が多いと言います。百人いれば、九十七人、九十八人が途中で手を離してしまう。そのなかで最後まで残り、目の前に見えている完成へ一歩ずつにじり寄っていく。その最後のひと踏ん張りこそが、仕事を仕上げる力になるのだと書かれています。
荻原:なるほど。激動の時代に語られた言葉ですが、働く環境が大きく変わった今の私たちが読むと、受け取り方は変わってくるものでしょうか。
松下:そうですね。今は、当時とは比べものにならないほど働く環境も整い、便利な道具も増えています。その分、最後までやり切ることの重みや、自分を律することの大切さを、実感しにくくなっているのかもしれません。だからこそ、最後の場面ではこの「粘り」のような人間力が試されるのだと感じました。
本書の中では、たとえばスポーツでなら最後まで粘れる人でも、それを日々の仕事や人生全体で発揮できているだろうか?といった問いかけがありました。それだけ、粘りというのは奥が深いのだと思います。
営業でいえば、受注目前の詰め、失注後の振り返り、部下の成長を待つ場面にこそ、この「粘り」が問われるのかもしれません。
4.「学びを吸収するための、心の構え」

荻原:学びという点で、もう少し伺います。これだけ多くの教えがある中で、松下さんが「これは自分のものにしたい」と最も強く感じられたのは、どの教えでしたか。
松下:何かを学び、吸収しようとするときには、いろいろなバイアスを取り除いて耳を傾けることが大事だ、という教えですね。これはぜひ実践したいと思いました。
荻原:批判的に考えることは、むしろ良いことだと教わってきました。それとは、どう違うのでしょうか。
松下:批判的な観点も、もちろん大切です。ただ、それを抱えたまま聞いてしまうと、たとえるなら、「お皿を縦にしたまま水を流しているようなものである」と書かれており、はっとさせられました。水は確かにお皿に当たっているのに、すべて流れ落ちて、手元には何も残りません。
荻原:受け取る器の向きを変える、と。
松下:はい。本書では、ものの善悪を明らかにすることは大切だけれど、相手から自分の心の養分を真に吸収しようとするときには、その心構えでは吸収すらできない、と書かれています。批判はひとまず脇に置いて、まずは吸収することに集中する。批判的に見るのは、聞き終わった後で良いということです。
荻原:頭で評価しながら聞くのをやめて、まず受け切る。言葉にすると簡単ですが、情報があふれる今ほど、難しくなっている気もします。
松下:そうですね。世代も多様になり、自分の固定観念とは合わないことも増えてきます。だからこそ、一旦それを脇に置いて受け入れる姿勢が大切だと感じます。1on1でも、最初から評価しながら聞くのではなく、まず受け取る姿勢を持てるかどうかが、対話の質や相手の学びを大きく左右します。
また、私が携わっている人材開発の世界でも、研修に入る前の準備、つまりどんなマインドで学びに臨むかが、その後の学びの成果を大きく影響するとされています。この教えは、まさにそこに通じていると思いました。
5.「迷ったときに立ち返る、一冊として」

荻原:改めて、この一冊は、どのような方に手に取ってほしいとお考えですか。
松下:営業のメンバーにも、マネジメントをする方にも、それぞれに発想を促してくれるエッセンスがある本です。もともとは教師を目指す方に向けて語られた講義ですが、内容はビジネスパーソンにも、人間全般にも通じる生き方の話だと思います。
荻原:幅広い方に、とのことですね。ただ、これだけの古典となると、読みこなすのに少し身構えてしまう方もいそうです。その点はいかがでしょう。
松下:そうですね。言葉の表現が昔のままで力強いので、すらすらとは読めないかもしれません。だからこそ、一気に読み切ろうと気負わず、そのときの自分に心惹かれた章から、じっくり味わうのが良いと思います。私はこの本を、いつも手の届くところに置いています。厚みもあるので、ふと目に入るたびに、たまには開いてみようかという気にさせてくれる。そういう距離感の一冊です。
荻原:松下さんのお話を伺っていると、八十年以上前の言葉が、今の私たちにも通じると感じます。それは、なぜなのだと思われますか。
松下:きっと、人間の悩みや課題というのは、時代が変わってもそれほど変わらないからだと感じています。だからこそ、これだけ時を経ても、なるほどとうなずける教えがたくさん詰まっているのだと思います。
荻原:最後に、本書をこれから手に取る方へ、明日からの一歩をお願いします。
松下:まずは、目の前にある一番大切な仕事に、思い切って手をつけてみてください。完璧を目指して構えるよりも、八割の出来で良いので一気に形にしてみる。そして、部下やメンバーにも「完璧にしてから動く」のではなく、「まず形にして、周囲の力を借りながら磨いていく」姿勢を伝えていく。
その小さな積み重ねが、成果だけでなく、人としての成長にもつながっていくのだと思います。
生き方に迷ったときには、ぜひこの一冊を開いてみてください。
荻原:本日は、貴重なお話をありがとうございました。
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【毎週月曜日配信】営業担当者なら読んでおきたい一冊を、毎週厳選してご紹介しています。
営業スキルに直結するものから、視野を広げてくれるものまで幅広くセレクト。
ぜひ、営業パーソンにとどまらず様々な職種の方にも読んでいただきたいです。
荻原エデル
社内では、デザイン関係や営業支援をメインで担当しています!最近は動画編集も始めました。
趣味は筋トレ、空手、映画鑑賞、読書。インドア人間です。
keiko matsushita
株式会社アルヴァスデザイン・マーケティング担当。
大学卒業後、大手電機メーカーでシステム営業を経験。
2014年よりアルヴァスデザインへ参画。
旅と犬をこよなく愛する1児の母。
