【第1回/全3回】AIに知性を明け渡さないために 〜ATD2026報告会で感じた、静かな危機感〜
こんにちは。荻原です。
今回から全3回にわたり、AI時代に私たちの知性をどう守るかをテーマにお届けします。インタビューのお相手は、アルヴァスデザイン代表取締役CVOの高橋さんです。今年5月にロサンゼルスで開かれた世界最大級の人材開発カンファレンス「ATD」。その内容を共有する報告会(6月20日開催)に参加された高橋さんが感じた静かな危機感を、たっぷり語っていただきました。
本シリーズは、次の全3回でお届けします。本記事は、第1回目です。
第1回 AIに知性を明け渡さないために 〜ATD2026報告会で感じた、静かな危機感〜(←今回の記事はこちら)
第2回 意思決定をAIに委ねるとき、失われるもの(7/24公開予定)
第3回 人への投資が減る時代に、人にしかできないこと 〜「共感力」という戦略スキル〜(7/31公開予定)
第1回では、会場を覆っていた空気と、人類が今まさに手放そうとしているものについてお伝えします。
目次
1. 世界最大級の人材開発カンファレンス「ATD」とは

荻原:本日はよろしくお願いします。高橋さん、先日ATDの報告会に参加されたそうですね。まず、ATDとはどのような場なのでしょうか?
高橋:ATDは、世界最大級の人材開発の専門家団体です。毎年5月にアメリカで大きな国際カンファレンスが開催され、今年はロサンゼルスで行われました。これが非常に大きな会議で、4日間の会期に用意される講演は、全体で275本を超えます。それが、いくつもの会場で同時並行に進んでいきます。
荻原:275本とは、驚きました。それはもう、ひとつの会議という枠を超えた規模ですね。
高橋:はい。ですから、一人ですべてを見るのは到底かないません。
私が参加したのは、6月20日に日本で開かれた報告会です。主催は、ATDメンバーネットワーク・ジャパンという団体です。2007年に設立された非営利のネットワークで、人材開発コンサルタントや企業の研修部門、研究機関の方々が、分野や業種の垣根を越えて集まっています。その理事を中心に、実際にロサンゼルスへ足を運んだ専門家が、それぞれ聴いてきた講演を持ち寄って報告してくださいます。のべ20講演分ほどの学びが、一度に流れ込んでくるような時間でした。
荻原:なるほど。世界の最前線を、現地で見てきた方々の目を通して受け取れるわけですね。とても贅沢な学びの場です。
高橋:一枚フィルターは挟まりますが、それでも短時間で人材開発の最新トレンドをまとめて受け取れます。非常に密度の高い時間でした。
2. 会場に渦巻いていた「AIへの恐怖」

荻原:その報告を聞いて、高橋さんが最初に強く感じ取られたのは、どんなことだったのでしょうか。
高橋:報告を聞いての私の実感を一言で言うなら、あの会場には、AIへの恐怖心が渦巻いていた、ということです。
荻原:恐怖、ですか。新しい技術に、むしろ沸き立っている場なのかと想像していたので、少し意外です。
高橋:これは私の見方ですが、人は、自分以外の仕事が効率化されることには、むしろ賛成しやすいものです。ところが、自分の仕事となると、話は変わってきます。その先に、自分の仕事がなくなるのではないか、という不安が出てくるからです。人材開発という仕事そのものが、AIに取って代わられてしまうのではないか。そんな恐れが会場を覆っていたのだと、私は受け取りました。
荻原:開催地がロサンゼルスというのも、象徴的ですね。西海岸は、名だたるAI企業が集まる、まさにAIの本拠地のような場所です。
高橋:おっしゃる通りです。その最前線から持ち帰られた、いちばん新しい知見だからこそ、その恐れにも、確かな現実味があったのだと思います。
荻原:その恐怖に対して、高橋さんご自身はどのように感じられましたか。
高橋:正直に申し上げると、やはり怖いです。
AIを使えば、教育の質はいくらでも高められます。その手応えがある一方で、これまでのやり方では通用しなくなるものも、確実にあります。強制的に進化を迫られているような焦りは、確かにありますね。
情報は常に更新され続け、立ち止まればすぐに後ろから追い抜かれてしまいます。
3. プロンプト術では、たどり着けない

荻原:その恐怖を乗り越えるとなると、まずはAIをいかに速く使いこなすか、という話になりそうと思ったのですが、その点はいかがでしょうか。
高橋:ところが、興味深いことに、報告会ではむしろ逆のことが語られていました。「スピードはもはや能力ではない」、そして「本当に求められる力は、プロンプトを上手に扱うことでもない」というのです。
荻原:プロンプトではない、というのは少し意外でした。多くの方が、まさにそこを鍛えようとしている印象があります。
高橋:確かに、皆さん、そちらへ向かいがちですね。けれども、本質はそこではありません。報告会で挙げられていたのは、三つの言葉でした。
「知的な謙虚さ」、「好奇心」、そして「視点を取得する能力」です。
荻原:三つとも、ぜひ伺いたいです。まず「知的な謙虚さ」とは、どのようなものでしょうか。
高橋:ここは私なりの言葉になりますが、自分の考えが間違っているかもしれない、と認められる姿勢のことだと思います。AIが出した答えにも、自分自身の意見にも、本当にそうだろうか、と問い直せます。賢く見せることよりも、わからないと言える強さの方が、これからは効いてくるのではないでしょうか。
荻原:「わからない」と言える強さ、ですか。AIに頼るほど、知ったふりが増えていく気もするので、耳が痛いお話です。では、二つ目の「好奇心」は、いかがでしょう。
高橋:これも私なりに言えば、知らないことを面白がれる力、ということだと思います。AIに答えを出してもらい、そこで満足してしまうのか。それとも、なぜそうなるのか、ほかに道はないのか、と、その先を掘りにいけるのか。学びを止めないための原動力が、好奇心なのだろうと考えています。
荻原:答えで満足せず、その先を掘りにいくのですね。よく分かります、そこで止まってしまいがちです。そして三つ目が「視点を取得する能力」。これは、具体的にはどのようなことでしょうか。
高橋:「視点を取得する能力」は、報告会で使われていた表現です。私の理解では、議論というのは、つい一つの方向からぶつけ合いがちですが、そこへ「それはそうかもしれませんが、この角度から見ると、また違って見えますね」と差し込めます。一つの正解に飛びつかず、別の視点を持ち込める力のことだと思います。
荻原:三つとも、AIの操作スキルというより、考える力そのものに関わる力ですね。
高橋:まさに、そこなのです。AIが出した答えを、そのまま受け取るのか。それとも、多角的に捉え直せるのか。その差が、これから効いてくるのだと、私は受け取っています。
4. 最も危険なのは「知性が侵食されること」

荻原:ただ、その「考える力」こそ、AIに任せるほど、自分では使わなくなっていく気もします。いちばん鍛えるべき力が、いちばん奪われやすい、ということはないでしょうか。
高橋:鋭いご指摘です。実は報告会で、最も印象に残った言葉が、まさにそこを突いていました。「AI時代に最も危険なことは、進歩しているように見えて、人間の能力が侵食されていることだ」という一節です。これは聞き流してはいけないと、強く感じました。
荻原:進歩しているように見えて、侵食されている、というのは、どういうことなのでしょうか。
高橋:私はこう受け取りました。AIを使うということは、本来は自分でやっていた考える作業を、AIに肩代わりしてもらうということです。便利なのは間違いありません。しかし、考えないということは、学んでいないのと同じではないでしょうか。気づかないうちに、自分の頭で考える力が、少しずつやせ細っていきます。その怖さを突きつけられた気がしました。
荻原:便利さの裏で、いつの間にか失われていく。聞いているだけで、なんとも、こわい話ですね。それは、自分では気づけないものなのでしょうか。
高橋:ええ、そこが、いちばん怖いところです。体の衰えなら、鏡を見れば気づけます。けれど、考える力の衰えは、自分では測れません。気づいたときには、問い直す力そのものが、鈍っています。だからこそ、意識して立ち止まる習慣が要るのだと、私は思います。
5. 人類は今、知性を手放そうとしている

荻原:意識して立ち止まる、ですね。ただ、人間はこれまでも、便利な道具を手にするたびに、何かしらの能力を手放してきたようにも思います。今回の「考える力」も、その延長線上にあるものなのでしょうか。
高橋:そうですね。ここからは私の解釈になりますが、人類はずっと、ある能力を手放しながら、別の能力を身につけて進歩してきたのだと思います。たとえば狩りをしていた時代、人は獲物を追って移動し続けていました。やがて農耕を覚えて定住し、今のような暮らしへと変わっていきます。その過程で、狩りに必要だった体力や、危険を察知する力は、ずいぶんと退化しました。
荻原:たしかに、今の私たちには、狩りの力はほとんど残っていないかもしれません。
高橋:その代わりに、農作業の段取りや、知的な労働を身につけてきました。失うものと得るものが、時代とともに移り変わってきたわけです。では、今の私たちは、何を手放そうとしているのでしょうか。報告会で語られていたのは、「まさに今、人間は知性を手放そうとしている」という見立てでした。
荻原:狩りの体力を手放したように、今度は知性を、ということですか。
高橋:そうです。体力であれば、まだ取り戻せるかもしれません。しかし、知性まで手放してしまったら、これは私たちにとって、見過ごせないことではないでしょうか。報告を聞きながら、深く考えさせられました。
荻原:失う能力と、得る能力。その入れ替わりの、ちょうど真ん中に私たちは立っているのかもしれません。では、手放しかけている知性を、どうすれば守れるのでしょうか。次回(第2回)は、私たちがAIに「意思決定」まで委ねたとき、何が失われるのかに踏み込んで伺います。
荻原エデル
社内では、デザイン関係や営業支援をメインで担当しています!最近は動画編集も始めました。
趣味は筋トレ、空手、映画鑑賞、読書。インドア人間です。
高橋 研
代表取締役 CVO
早稲田大学大学院理工学研究科終了後、株式会社ファンケルに入社。
その後、30歳を節目に営業の世界に飛び込み、多くの会社の教育支援に携わる。
2013年株式会社アルヴァスデザイン設立。2018年「実践!インサイトセールス(プレジデント社)」出版。

