【第3回/ATD報告会シリーズ】人への投資が減る時代に、人にしかできないこと 〜「共感力」という戦略スキル〜
こんにちは。荻原です。
アルヴァスデザインの体表取締役CVOの高橋さんに、ATD報告会の学びを伺うシリーズの第3回です。前回は、AIに意思決定を委ねるほど、考える力と共感力が失われていく、というお話でした。今回は、その共感力に光を当てます。世界では今、人への投資そのものが、減りはじめています。そんな時代に、なぜ共感が武器になるのか。報告会で示された数字とともに伺います。
本シリーズの全3回の内、本記事は、第3回目になります。
第1回 AIに知性を明け渡さないために 〜ATD2026報告会で感じた、静かな危機感〜
第2回 意思決定をAIに委ねるとき、失われるもの
第3回 人への投資が減る時代に、人にしかできないこと 〜「共感力」という戦略スキル〜(←今回の記事はこちら)
目次
1. 人への投資が、世界的に減っている

荻原:本日もよろしくお願いします。早速ですが、報告会で紹介された中で、特に心に残ったデータはありましたか。
高橋:はい。「世界的に、企業が人に投じるお金が減っている」というデータです。従業員一人当たりの育成への投資額が、ここ一年で1254ドルから846ドルへ、およそ3割も減っている、と報告されていました。
荻原:3割。それは、大きな下げ幅ですね。減った分は、どこへ向かったのでしょう。
高橋:AIへの投資に回っている、というのです。人に投資する代わりに、AIに投資を向ける流れが、すでに起きているのです。
荻原:人材開発を生業にされている高橋さんからすると、他人事ではないお話ですね。
高橋:はい、市場そのものが縮みかねません。これはアメリカで発表されたデータですが、日本には、だいたい5年遅れで同じ波が来ると言われています。近い将来に必ず訪れる未来が、そこに映し出されているのだと、私は受け止めました。
2. それでも、人にしかできない価値

荻原:人への投資が減っていく潮流があることは、理解できました。それでも、人にしか担えない部分は、残るのではないでしょうか。
高橋:そこで報告会が示したのが、「共感力」でした。
荻原:共感、ですか。その共感とは、ここではどういう力を指すのでしょう。
高橋:相手の気持ちや置かれた状況を、自分の頭で想像して受け止める力です。ただ同調したり、感じよく振る舞うこととは違います。前回お話しした「相手を想像する力」と、地続きのものだと考えてください。
荻原:なるほど。その力が、職場では、どれほど効いてくるのでしょうか。
高橋:アメリカで10年続く、2万6千人規模の「職場の共感」調査があります。その最新のデータでは、共感力のないリーダーのもとでは、職場がぎくしゃくする度合いが3倍に、リーダーとのつながりが断たれていると感じる人が2倍に、半年以内に会社を去る可能性が1.5倍に高まる、と報告されていました。
荻原:3倍、2倍、1.5倍。どれも、聞き流せない差ですね。共感力があるかどうかで、職場のありようが、これほど変わるとは。
高橋:しかも、ここまではっきりと数字に表れること自体が、ひとつのメッセージなのだと思います。
荻原:正直なところ、共感は「あれば良い」くらいのものだと思っていました。これだけ数字で示されると、そうも言っていられませんね。
高橋:だからこそ報告会でも、共感はもはや「ソフトスキル」ではない、と語られていました。あれば感じの良い、付け足しのようなものではなく、成果を左右する戦略的なスキルだと、位置づけられていたのです。
3. 経営者と従業員の「共感ギャップ」

荻原:その大切さをどれくらい実感しているかは、立場によって、ずいぶん違ってきそうですね。
高橋:はい、まさにそこに、リーダーなら誰もが気にすべきギャップがありました。同じ調査で、経営者の59%が、共感をいまだに「あれば望ましい程度のもの」と捉えていました。その一方で、従業員の74%は、共感を「自分の成果に欠かせないもの」と考えている、というのです。
荻原:経営者は軽く見て、現場は必須だと思っているわけですね。同じ共感でも、重みがまるで逆です。
高橋:そうなのです。この二つの数字が、そのままギャップの正体だと、私は受け取りました。埋めるべきなのは、まさにここなのだと思います。
荻原:そのギャップを放っておくと、現場は少しずつ、きしんでいきそうですね。
高橋:だからこそ、このギャップを埋めることが、これからの人材開発の使命になりつつあるのだと、私は感じました。
4. 共感は、鍛えられる

荻原:そうなってくると、その共感力を、自分でも鍛えたくなってきますね。
高橋:報告会でも、「共感」は先天的なものではなく、学べる・鍛えられる・設計できるものだ、と語られていました。これは私自身、実感があります。キャリアカウンセラーの資格を取ったとき、半年かけて共感の訓練を受けたのですが、共感する力は、後天的にも、かなり身につくものなのだと、はっきり感じました。
荻原:半年ですか。具体的には、どのような訓練を受けられたのでしょうか。
高橋:ロールプレイです。ここでいう共感とは、相手が言ったことを、自分の言葉に置き換えて返すことです。たとえば「上司との関係で悩んでいます」と言われたら「職場の人間関係で、悩みを抱えていらっしゃるのですね」、「毎日、残業続きで、くたくたです」と言われたら「ご自分の時間もとれないほど、走り続けていらっしゃるのですね」と返すイメージです。
荻原:相手の言葉を、いったん受け止めてから返すのですね。ただ聞き流すのとも、うまく言い返すのとも、違います。思っていたより、繊細な技術ですね。
高橋:最初は、まったくできません。けれど、半年も続けると、できるようになります。共感は、まちがいなく鍛えられるスキルなのです。
5. なぜ難しく、なぜ時間がかかるのか

荻原:ご自身でも、最初はまったくできなかった、とおっしゃいました。共感というのは、なぜ、それほど身につきにくいのでしょう。
高橋:報告会では、その理由は脳の構造にある、と語られていました。共感する回路そのものは、人に備わっています。ただ、脳は何よりもまず、自分が生き延びることを優先して働くので、共感は、どうしても後回しにされやすいのだそうです。
荻原:生き延びるため、ですか。
高橋:ここからは、諸説ある中での、私なりの受け止めです。人類の歴史の大半は、いつ命を落としてもおかしくない暮らしでした。目の前で誰かが傷ついたとき、その痛みに寄り添うよりも、まず、この危機をどう切り抜けるかへ頭を向けなければ、自分も生き延びられません。そうした場面では、共感よりも、問題を解決する方が先に働きやすいのだと思います。
荻原:なるほど。共感の土台そのものは備わっていても、危機の場面では後回しにされやすい、ということですね。
高橋:おっしゃる通りです。だからこそ、意識して鍛える価値があるのだと思います。そして、鍛えるには時間がかかります。報告会で、こんなアンケートが紹介されていました。「1時間のワークショップに参加して、何かが実際に大きく変わった経験がある人はいますか」と。イエスと答えた人が、どれくらいいたと思われますか。
荻原:一割ほど、でしょうか。
高橋:それが、ゼロだったそうです。一度きり、その場に集まって学んだだけでは、まず変わらない、というのです。
荻原:ゼロ、ですか。予想より、ずっと厳しい数字ですね。
高橋:習慣として根づくには、最低でも8週間から12週間の反復が要る、とも報告されていました。学びを成果に変えるのは、一度の感動ではなく、地道な繰り返しなのです。そして、人への投資が減っていく時代だからこそ、その繰り返しを設計して支えるところに、人材開発の出番があるのだと、私は思います。
荻原:才能ではなく、鍛えられる。そして、根づかせるには反復が要る。伺っていて、どこか希望のある結論だと感じました。
最後に、この三回のインタビューを貫く思いを、ひと言いただけますか。
高橋:AIは、私たちの考える力も、共感力も、気づかないうちに、静かに侵食します。けれども、そのどちらも、人は鍛え直すことができます。
だからこそ、私はこう考えています。AIに、考えることまで、そして共感することまで、明け渡してはいけない。その一線を守り抜くことが、これからの人材開発の役割なのだと思います。
荻原:胸に刻みます。守り抜くべき一線を、これほどはっきりと示していただきました。三回にわたって、AIへの危機感と、その先の希望を伺ってきました。高橋さん、本当にありがとうございました。
荻原エデル
社内では、デザイン関係や営業支援をメインで担当しています!最近は動画編集も始めました。
趣味は筋トレ、空手、映画鑑賞、読書。インドア人間です。
高橋 研
代表取締役 CVO
早稲田大学大学院理工学研究科終了後、株式会社ファンケルに入社。
その後、30歳を節目に営業の世界に飛び込み、多くの会社の教育支援に携わる。
2013年株式会社アルヴァスデザイン設立。2018年「実践!インサイトセールス(プレジデント社)」出版。

